安全な環境・場所で
デジタル機器の小型化と進化から、イヤホン/ヘッドホンによる屋外での音楽鑑賞は今やライフスタイルの一部になりました。スマートフォンや専用ポータブルオーディオプレイヤーで、何千、何万という楽曲をいつどこでも楽しむことができますが、その便利さと気軽さゆえ、知らず知らずのうちに危険な使い方になっている場合があります。
通勤通学に自転車を利用される方は多いと思いますが、ついついやってしまうのが自転車を運転しながらの音楽鑑賞。最近のイヤホン、ヘッドホンは明瞭な音質を得るために外部の音を遮断するような工夫がされており、音楽を再生していなくても周囲の音情報は大幅に抑制されます。そこに音楽を再生すると、車のクラクションにも気づかないという場合が・・・。
耳を塞いでいても目で見ているから問題無いのではと思われる方もいらっしゃると思います。目(視覚)が捉える情報は基本的に視野内に限定されますが、耳(聴覚)は周囲360度(また上方や下方についても)が対象となります。 左右の耳は協調しながら、自分を取り囲む音をキャッチ/処理して、自分が今置かれている環境を常時モニタリング(確認)しています。例えば後方から接近してくる車の音にまず耳が反応し、音のする方向に振り返って目で確認して自転車の進路を変えるといったように、聴力と視力が連携し安全を確保しています。
「小さな音であれば」「耳を塞がない状態であれば」大丈夫かと言うと、やはり外部からの情報は再生する音楽によってマスキング(制限)されてしまうと同時に、意識がどうしても音楽に集中してしまうことで、無意識のうちにキャッチしている注意喚起の情報を捕まえ損なってしまうことも。
私たちが自転車を運転する時、目は聴覚により捉えられる様々な環境音と連動して視点をあちらこちらに細かく動かし安全確認と危険察知をしていますが、イヤホンで音楽を聞きながら自転車を運転すると聴覚からの環境音情報が失われるために視点はほぼ一箇所に固定されてしまい、突然の飛び出しがあった時、視覚による危険察知と事故回避の対応が遅れてしまうという研究報告もあります。
「片耳ならばいいんじゃない?」とも思われがちですが、左右耳の協調が得られず、音の発生した方向が分からなくなってしまいます。右側から音が聞こえてくればその発生源は右にある。当たり前と思えることですが、実際には音の発生源からまず右耳の鼓膜でその音波が捉えられ、その後に頭が影となりその音波は減衰しつつ僅かに遅れて左耳の鼓膜に到達し、左右耳間の到達タイミングのズレと音質/音圧変化という一連の情報が脳に伝えられることで「あっ、右側から音がした」と感じています。
片耳でも音の発生を感じることはできますが、それがどこから生じたものなのか、その音(聴覚)だけで判断することが難しくなります。視覚との連携で音の発生源を掴むこともできますが、自転車はその間も移動しているため(自転車の速度が18km/hだと1秒間で5m進んでいます)一瞬の判断の遅れにつながることも。
危険に気づかず事故に巻き込まれてしまうだけではなく、時としては自転車運転中歩行者にぶつかり加害者となってしまうこともあります。自転車と歩行者の事故は近年スマートフォンを見ながらの運転といったケースが報じられていますが、イヤホンで音楽を聞きながら起こしてしまった事故でも、道路交通法第四章第七十条「安全運転の義務」違反に問われる事が考えられ、事故に対する大きな責任を負ってしまいます。
道の左側で元気に手を振る子供を「見て」、右方向からはかわいい歓声を「聞いて」、目では確認できない右側の小道から子供が飛び出してくるのではと予測しブレーキに手をかける。自転車を運転している間、私たちは知らず知らずのうち、視覚と聴覚が捉える情報を処理、解析し、危険回避行動を取っています。自転車運転中、危険察知と予測を行い安全に運転するためには「周囲の音情報を妨げない」ことがなにより重要なのです。
電車通勤・通学でもご注意いただきたいのがホームでの利用。電車の到着や通過に気づかず接触してしまった場合、命に関わる大きな事故となってしまいます。また歩いている時であっても車道と歩道が分離されていないような場所、自転車が走行可能な歩道などでの利用は避ける方が良いでしょう。
イヤホン/ヘッドホンでの音楽鑑賞は誰にも邪魔されず音楽に浸ることができる素晴らしい時間です。それだけに安全が確保できない環境、場所での機器利用を避け、例えば学校からの帰り道であれば、公園や河原、通勤ならばオープンカフェなどお気に入りの場所までちょっとの間我慢をし、自転車を止め腰を下ろしたら思いっきり音楽を満喫する・・・。
自転車の運転中、安全確保のため耳が行っている役割をご理解いただき、その上で音楽との安全で素敵な付き合い方をお考えいただく機会となれば幸いです。